世界の音楽クリエイター列伝
- Trevor Horn㊦ -
2026年5月25日
プロデューサーやミュージシャンを問わず、音楽の世界で光を放った才能に迫るブログ企画です。
この企画では、取り上げられた人物のバイオグラフィーを辿りながら、関わった作品を可能な限りご紹介。掲載されたジャケ写等をClick!していただくことで、リンクされた「アイテム投稿」のページでその作品のさらに詳細な情報を確認しながら、ネット動画の力を借りて実際に視聴も出来ます!
第3弾として、Trevor Hornにフォーカスしています!
ここでは、Trevor Hornによる1990年代以降の動きに触れていきたいと思います。
ここで告白をすると、筆者は1990年代以降のHornの活動をしっかりとは追えていませんでした。
そんな中、改めてこの時期の彼による足跡を辿ってみると、ある意味で1980年までの活動よりも、量のみならずその幅の広さに驚かされる結果に。
それは、Trevor Hornという異才を様々なアングルから見ることであり、1980年代の快進撃の種明かしを見せてくれているようでもあり…ということで、この時期の彼による活動や関わった作品に、可能な限り触れていきたいと思います。
1990年代に入ると、HornはSealという才能に出会います。
1991年、Hornは、彼のデビュー作をプロデュースし、全英1位を獲得。ZTTレーベルからのリリースでした。
本作を支える人々がなんとも豪華。
Hornは、盟友Ann DudleyとBruce Woolleyを引き連れると共に、Paulihno Da Costaといった名うてを招聘。加えて、Keith Le BlancやDoug Wimbish、そして、屋敷豪太なんて名も!
アルバムの作りは、ある意味でこういった人々からイメージされる世界観と言えるのかもしれません。
Hornが用意したサウンドスケープの中で、オーソドックスなソウル・ミュージックと1990年代という時代のエレクトリック・ミュージックが拮抗する様は、Sealという稀有な存在を媒介として、スリリングに届けられます。
この頃から、Hornはレコーディングにコンピューターを導入する一方で、リミックス作業には興味を失い、アルバム制作に専念するようになったと言われます。
本作に通底する「作り込み」感は、そんなところに起因するのかもしれませんね。
SealとHornのタッグは、その後10年以上、4作目まで継続され、Hornにとっては2000年代までのライフワークのようでもありました。
1991年には、Marc Almondの「Tenement Symphony」の半分をプロデュース。
内容的には、隅から隅までがエレポップ。そういった意味では、Soft Cellファンをがっかりさせることはない内容と感じました。
本作には、Soft Cellの相方:David Ballが参加し話題になったようですが、このブログ的にはAnn DudleyとBruce Woolleyの名がクレジットされていることは見逃せませんね。
1992年には、Mike Oldfieldの「Tubular Bells Ⅱ」をプロデュース。
アルバムの作りとしては、映画「エクソシスト」のサントラ曲にもなったアノ曲のイメージと、Mikeの演奏家としてのスキルをフルに詰め込んだ、プログレッシブなインスト作、といったところでしょうか。
“Video~”の大ファンだったというMikeは、レコーディングで自分の様々なアイデアをHornにぶつけたようですが、彼は「首を縦に振るか、横に振るだけだった」とか。
Hornによる精力的な動きはまだまだ続きます。
同じ1992年、Pat Metheny、Wendy & Lisaらを伴い、映画「Toys」のサントラを制作。
1995年には、CherやGenesisのアルバムの一部を、1996年には、Tina Turnerのアルバムをプロデュース。
また、1990年代後半には、Wendy & Lisaのアルバムをプロデュースしたようですが、お蔵入りに。
なんでも、この頃のHorn夫妻が、デュオふたりの同性愛に反対していたとかいう話もありますが、このこととアルバムがお蔵入りになったこととの関係は不明です。
(FGTHの同性愛は許容できて、Wendy & Lisaのそれは何故許せなかったのか、については正解に辿り着けておりません)
そして時は、新世紀へ。
2002年、Hornはロシアのポップ・デュオ:t.A.T.u.をプロデュースします。
“Not Gonna Get Us”等5曲を手掛け、この時の仕事は、Hornによる「1980年代以降の最高の仕事」と評価されました。
日本における彼女たちのイメージは「ミュージック・ステーション、ドタキャン事件」で大方設定されており、筆者もその部類に収まってきたクチですが、今回改めてHornが手掛けた曲に触れるにつけ「食わず嫌いはいけない」と思わせるに充分な、高クオリティな音世界が繰り広げられています。
2003年には、Bell & Sebastienの「Dear Catastrophe Waitress」をプロデユースします。
当時の評論としては、Hornの起用に関し、「アーツ・アンド・クラフツ・インディーズの価値観を継承する最後の生き残りとされたグループにしては、意外な人選」というものだったようですが、筆者の感想もほぼ同じ。
「そこにTrevor Hornはいたのか?」と思わせるほどに、ストレートなバンド・サウンドを聴かせてくれているのですが、結論、「2000年代ネオアコの傑作」ともいうべき、素晴らしいアルバムに仕上がっているのは流石と感じました。
Hornによる「アーティスト寄り添い型」の仕事として、もっと取り上げられていい作品なのではないかと。
2004年には、Lisa Stansfieldのアルバム「The Moment」のタイトル曲をプロデュース。
こちらもZTTレーベルからのリリースでした。
UKの歌姫の表情を様々な角度から捉えんと、様々なサウンドが用意されていますが、エレポップ路線が共通項となっている意味では、結果的にHornの存在感が前面に出ている印象です。
2006年には、Pet Shop Boysの9枚目「Fundamental」をプロデュース。
エレポップ・デュオとしての彼らにしては、思いの外、ダンサブルな曲は少ない印象です。逆に、オーケストレーションを多用した、内省的な曲調が大勢を占める作りに、Tevor Hornの仕事を認めるべきな気がしました。
2010年には、Jeff BeckやYesの再結成アルバムをプロデュースしていますね。
そしてこの頃から、Hornは再び自らパフォーマンスすることを再開させます。
2006年にはProducersを結成、今もTrevor Horn Bandとして活動を続けているようです。
また、つい最近の2023年には、Sealのバンド・メンバーとしてベースをプレイした他、そのオープニング・アクトとしてBugglesを復活させたり。
一般的には、“ラジオスターの悲劇”とZTT期のセンセーショナルな活動のインパクトが、Trevor Hornのイメージを決めてしまっているように思いますが、彼の軸には「コンセプト・メイカー」の前に「ミュージシャン」としての筋が一本通っている気がします。
彼は、ベーシストとしてヴォーカリストとして音楽の世界に身を置き、一度はその立ち位置から距離を取ったものの、世界を散々振り回して、山の頂きに立った挙句、また「演奏すること」に戻ってきたワケですから。
また、一方でその「プロデューサー」としての才も、「エゴイスティック」な「音の探究者」的側面だけでなく、「アーティスト本位の仕事」も充分にやってのけてしまえる、そういった意味では至極真っ当なプロデューサーでもあるのではないか、とも思うのです。
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音楽の世界で光を放った才能に迫るブログ企画の第3弾は、Trevor Hornを取り上げてみましたが、いかがでしたでしょうか?
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