世界の音楽クリエイター列伝
- Paul Weller㊥ -
2026年10月2日
プロデューサーやミュージシャンを問わず、音楽の世界で光を放った才能に迫るブログ企画です。
この企画では、取り上げられた人物のバイオグラフィーを辿りながら、関わった作品を可能な限りご紹介。掲載されたジャケ写等をClick!していただくことで、リンクされた「アイテム投稿」のページでその作品のさらに詳細な情報を確認しながら、ネット動画の力を借りて実際に視聴も出来ます!
第4弾として、Paul Wellerにフォーカスしています!
ここでは、Paul Wellerが、Style Councilとして活動した作品を中心に触れていきたいと思います。
Paul Wellerは、「次にやりたいことがある」といった言葉を残してThe Jamを突然解散させます。その翌年の1983年に結成されたのが、Style Councilです。
Style Councilは、Dexys Midnight Runnersで鍵盤担当だったMick Talbotとのふたりユニットですが、作品毎にゲスト・ミュージシャンが参加する中、その活動後半になってからは、ドラマーのSteve WhiteやWham!のバック・ヴォーカルを務めていたDee C. Leeが正式メンバーとなりました。
The Jamからはサウンド面で大胆なまでの衣替えが施され、ジャズ、ブラックコンテンポラリー、ボサノヴァ等を取り入れることで、自由で洗練された表現を展開、その活動の初期においてはポストパンク・ムーヴメントと、その後も新しいダンスミュージック・シーンとの共振も認められ、それらは当時のロンドンを中心としたムーヴメントそのものを体現するかのようでした。
それでは、Style Councilの一連のオリジナル作品を追っていきましょう。
アルバムとしてのリリースは、ミニ・アルバムとなる「Introducing:The Style Council」から始まりました。
内容は、“Speak Like A Child”から始まった3枚のシングル収録曲を集めたもので、The Jamとは全く異なる、高らかなソウル宣言とも言うべき作品集となりました。
この「The Jamとの違い」は、当時、文字通りの物議を醸したと思われます。「こんなのPaul Wellerじゃない!」「やっぱりPaul Wellerって新しい!」…このどちらも間違ってはいない、でも両立することはないであろう、異なる反応・意見こそが、Style Councilの登場を取り囲んでいたような気が。
そして、続く1984年の「Cafe Bleu」が、アルバム・デビュー作となります。
飛び出すサウンドは、ジャズ、ファンク(っていうかPファンク!もしくはGo Go?)、ボサノヴァといった具合に、目まぐるしくその姿を変える一方で、そこで歌われる内容には、極めて強い政治的メッセージが盛り込まれるという作りでした。
Everything But The Girlのふたりが参加していることは、(後に)ここ日本でも大きな話題になりましたね。
また、この頃はリミックスや12インチの隆盛華やかな時代。Style Councilも、そのシングル戦略を展開する中で多くの傑作を生んでいます。
代表的なものはこれではないでしょうか。
この“My Ever Changing Moods”は、アルバムとシングルとでは全くのヴァージョン違い。どちらが好きか、優れているかの論争は今なお終わることがありませんね。
この曲にはPVもありました。なかなか印象的な作りなので、貼っておきましょう。
PV中に登場する、謎の天使風の女子たちの中に、Paulの当時のガールフレンド:Gill Priceが含まれていたとか。
そして1985年の「Our Favourite Shop」。
ソウル、ジャズ、ボサノヴァ、エレクトリック・グルーヴ…と、そのサウンドの幅広さには拍車がかかっていますが、その一方で、デビュー作よりポップさを増していながら、当時のサッチャー政権への嫌悪感を露わにした政治的攻撃性の強度を増しているという意味では、グループのスタイルが完全に確立された作品とも言えそうです。
なお、このアルバムからは“The Lodgers”がシングル・カットされました。
この曲もなかなか楽しめるリミックスになっていますが、なんといっても印象的なのは、原曲自体が極めてよく出来たブルーアイド・ソウルであると同時に、ここでもしっかりとサッチャー政権をチクリと刺していることでしょう。スタカンの真骨頂、ここにあり!という楽曲だと思います。
1987年リリースの「The Cost Of Loving」は、Dee C. LeeとSteve Whiteが正式メンバーに加わった4人体制で制作されました。
バック・メンバーとして、Curtis MayfieldやValentine Brothersなんて名がクレジットされた本作は、一聴した感じでは地味ともいえる作りながら、ロック・テイストは大きく後退した代わりに、本格的なブラック・ミュージックバンドとしての佇まいが印象的な仕上がりとなりました。
そして1988年の「Confession Of Pop Group」。
本作は、前半がクラシカルな世界観、後半はファンキーに、といった具合にコンセプトを分けた作りとなっただけでなく、これまでのバンド活動の流れからしてもかなり実験的な作品となりました。その結果というべきか、商業的な成功のみならず、評論家からの評価も併せ、決して芳しいものばかりでは無かったようです。
そして、このユニットは、5作目となる新作アルバムを完成させていながら、1989年に解散します。
その背景には「ハウス・ミュージックが大胆に導入された新作のリリースを、レコード会社側が拒否した」ことがあったようですね。
そんなことで見事お蔵入りになった「ハウスを演るStyle Council」が当時、陽の目をみることは無かったのでした……となるかと思いきや、その一端を垣間見せたシングルがリリースされています。
1989年にリリースされたJoe Smoothのカヴァーとなる“Promised Land”です。
オリジナルの持つ流麗な質感はそのままに、歌ものハウスが消化されているという意味で、筆者個人としては嫌いじゃないのですが、シーンの反応は「スタカンがハウス⁈」といった「困惑」が大勢を占めていた気が。
また、Paul Wellerによるハウス・ミュージックへの接近という意味では、こんな動きも。
こちらは、Dr. RobertとDee C. Leeによるユニット:Slam Slamがリリースしたシングル曲。
ここにPaul Wellerは作曲者として参加しているのですが、この曲も当時隆盛していたガラージ・ハウスのスタイルが持ち込まれた、歌ものR&Bに仕上がっています。
加えてこの頃の彼らは、King Trumanなる変名ユニットで、Acid Jazzレーベルから1曲だけリリースしていたことをご存知でしょうか。
“Like A Gun”は「Stevie WonderとP Funkを混ぜて、軽~くジャムってみました」的な仕上がりでしたが、商業的には全くの鳴かず飛ばず、早々にレコード会社から回収の指示が出たとか。
この曲については、結果的に、当時の彼らが「迷走していた」とされる逸話のひとつになってしまいました。
Paul Wellerは、1984年、Band Aidに参加すると共に、炭鉱労働者のストライキ活動等への支援基金を集めることを目的としたCouncil Collectiveを結成するといった形で、チャリティ活動を展開します。
1980年代中期、Paul Wellerが政治的な行動者として特に際立っていたのは、労働党/左派思想を広めることを目指したミュージシャンや俳優たちの集団:Red Wedgeへの参加でしょうか。
実際には、Billy Bragg、The SmithやMadnessのメンバーらを交えての動きでしたが、彼自身、かなり先頭に立って旗を振っていた感があります。
The Jamとしてデビューした当初から、社会派としての目線を主に歌詞の中に盛り込んできたPaul Wellerですが、この時期の彼は更にそれを推し進め、ある意味で著名人となった立場を利用するといった形で社会貢献活動に身を投じているかのようでした。
一方で、「Style Council=スタイル協議会」なんて、ある意味人を食ったようなグループ名で活動していたこの頃の彼は、そのファッションにおいても、大きな注目を集めました。
ステンカラー・コート(英国的にはバルマカーン・コート)はアクアスキュータム、ジーンズはリーヴァイス505のホワイト、ポロシャツはフレッドペリーで、Tシャツならロンズデール、スカーフはトゥータル…
日本では「フレンチ・アイビー」なんて呼ばれていた彼のスタイルは、当時は勿論、今も影響を受け続けている人は多いハズ。
この頃のPaulのファッショニスタ振りは、ここ日本でも深く刷り込まれた彼のイメージとなっているので、このブログが据えられたUniverTunesだけではなく、UniverClothes的な目線でも、いつか大きく取り上げたいとも考えています!
お話は変わって、1987年になって、Paul WellerはDee C. Leeと結婚。1998年に離婚するまでにふたりの子供を儲けています。
(因みに、筆者調べでは「Paul Wellerの子」は「8人」ほどに及んでいると思われます)
The JamからStyle Councilへの変遷には、繰り出されるサウンドのリセット感が物凄い一方で、「単に新しい音楽がやりたかっただけ。だってModsなんだもん」といった「シンプルな動機」しかない感じもしなくもなく、この辺のスタンスに、Paul Wellerの真髄を見る気がしています。
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ここまで、Paul WellerがStyle Councilとして活動していた頃の作品にフォーカスしてみましたが、いかがでしたでしょうか?
次回は、引き続きPaul Wellerの魅力にフォーカスし、1990年代以降ソロ・アーティストとして活動してきた期間の作品を追ってみますので、お楽しみに!
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UniverGoods













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