I’m not a sneak!
- Run D.M.C. × SUPERSTAR -
2026年3月14日
●(UniverGoods「中の人」)「音楽とファッションの関わり」という切り口で「ヒップホップとスニーカー」をテーマにお送りするブログ企画の第3弾です。企画を進めるにあたっては、第1弾そして第2弾同様、ゲストの方にご登場いただきます。渋谷・道玄坂でステーキレストラン「英二」を営む程島さんです!お久しぶりです!
□(程島さん)前回からまた半年空いちゃってるし~。
●ご無沙汰しており、申し訳ございません!ところで、乾いた日が続いてますが、お肌の調子は大丈夫でした?
□毎日、肉焼いてますんでね。おかげ様で肌が乾くことは無いですけど、それよりこの寒さ、なんとかならんですか?
●ホントですね…で、今回は、そんな寒さを吹き飛ばすようなアツいヤツを持ってきていただいているようなので、早速本題に入りましょうかね。この企画については、これまで同様、程島さんから「スニーカーを履いたヒップホップ・アーティストのレコジャケ」を持ち込んでいただき、そのスニーカーにまつわるストーリー等についてお話しいただくという形でお願いしています。取り上げたスニーカーについては、somaさんのアーカイブにも助けていただきつつ、可能な限り「現物」を確認していきたいと思っていますので、お楽しみに!
<Run D.M.C. × SUPERSTAR>
□今回は、RUN D.M.C.を取り上げようかと。彼らはNYはクイーンズ出身の3人組で、RUNとD.M.C.のふたりがラップを、ジャム・マスター・ジェイがDJを担当していました。このアルバムは、1984年に発表された、彼らのデビュー作「RUN D.M.C.」です。“It’s Like That”や“Sucker MCs”が入ってるアルバムですね。個人的には全くタイムリーには聴けてないですけど、そんな僕でもちゃんと耳に残ってる大クラシック!
□このジャケで彼らが着用しているのは、言わずと知れたadidasのSUPERSTARですね。
●はい。SUPERSTARは1969年に生まれたバスケットボールシューズで、1970年代にはNBAを席捲しました。CONVERSEのALLSTARを追い抜く形で、最盛期のNBAにおけるシェアは8割を超えたとか。
□SUPERSTAR自体、結構古いというか、歴史のあるモデルなんですね。
●こちらはいわゆる「金ベロ」。タンの部分が金色地になっており、1970年代から生産されていたモデルです。一方で、1980年代からは「単色ベロ」という、アッパーのスリーストライプの色と同色がタンに使われたモデルになります。
□おっ!「金ベロ」だ! 再発でしたけど、自分が履いてたSUPERSTARは「金ベロ」でした! RUN D.M.C.はどっちを履いていたんでしょ?
●それはなかなか特定が難しいですね…彼らが登場したタイミングだと、ちょうどどちらを履いていてもおかしくないので。そこは特定出来次第、別途ご報告ということでご勘弁を。
●それではここで、懐かしい“It’s Like That”と“Sucker MCs”のMVを観てみましょうか。
□「ヒップホップというよりロックですね」って改めて思いました。それと、黒いポーラー・ハットに上下レザーというのはかなりハードコアというか、割とワルいイメージですよね。
●ですね。ただこれはあくまで売り出し方のイメージ戦略だったようで、彼らのラップのリリックはポジティブな内容が多かったようですし、そもそも子供の頃はカトリックの学校に通うイイ子たちだったみたいですよ。
□あと、ライヴが盛り上がりそうなグループだなとも思いました。
●そうですよね。彼らがライヴで観客に対し「SUPERSTARを見せてくれ!」と呼びかけ、何万ものSUPERSTARが掲げられる様を、adidasの重役に見せたことで、RUN D.M.C.とのコラボ契約がまとまったなんて話があるみたいですよ。
●3人が世に出てきた時期の少し前は、ディスコが廃れ、新しい音楽が出てきた時代。その中には、パンクもあればヒップホップもあったということだったようで、ブロンクスの公園では盛んにブロック・パーティが開かれていたワケです。その頃のヒップホップといえば、Grandmaster Flash & The Furious Five、Afrika Bambaataa & Soulsonic Force、Cold Crush Brothers、Fearless Four…。
□うわ~、オールド・スクール!
●まさに、そういうことなんです。RUN D.M.C.の登場こそが、こういった「その前の世代」をすっかりまとめて「旧式」にしてしまった感もあり、その衝撃というか、シーンに対する破壊力は余程のものだったと思われます。音楽だけでなく、ファッションも含めて、ですよね。前回このブログに登場したBeastie Boysも「彼らのファッションを参考にしていた」とコメントしているようですし。
●紐は外してタンを立てて履く、これは「刑務所の囚人スタイル」とされていますね。
□どういうことですか?
●囚人に紐を不用意に与えてしまうと、刑務所の中では様々な事故に直結してしまうことから、「塀の中での靴は紐無し」ということだったようです。
□なるほど。でもこれって、履きにくかったんじゃないですか?すぐ脱げちゃいそう…。
●そうみたいですね。ということもあって登場したのがこちら。
□あ!ULTRASTARだ!
●そうなんです。「紐無し履き」のおかげで大ブレイクを果たしたSUPERSTARですが、如何せん歩きにくさは否めず、紐なしでも履きやすいよう改良されたのがULTRASTARだったということです。
●一方で、このSUPERSTARは、イギリスでも流行ったようですね。ただ「スニーカーはトレーナーと呼ばれていた」とか「元々はモッズのような労働者階級の若者たちが履いていたドクターマーチンがトレーナーに置き換わった」とかっていう話も合って、アメリカとは全く違う動きだったようです。
□それで、STONE ROSESのマッドチェスターやOASISのブリットホップといったムーヴメントの足元がadidasだったということになると。
●そういうことのようです。
□なるほど。どちらかというと、自分にとってのSUPERSTARは、そういう文脈の方がフィットするかもです。
●さて、BEASTIE BOYSの回で登場いただいたこの写真集にもう一度登場してもらいましょう。RUN D.M.C.が世に出る少し前、つまり1980年代に入ってすぐには、SUPERSTARは既にNYのストリートではかなりの人気だったみたいなんですね。
●既にストリートで大きな支持を得ていたSUPERSTARというモデルを、RUN D.M.C.は、自らが着用することによって、ワールドワイドなものとする媒介役を果たしてたことになりますね。
●一方で、このSUPERSTARに関しては、藤原ヒロシというカリスマのフィルターを通した日本独自の展開がありました。このモデルです。
□うわー、懐かしい!これ、みんな探してたヤツ!
●また、RUN D.M.C.デビューの少し後となる、1990年代は、このSUPERSTARが「スケート・カルチャーとの強い繋がり」を見せていますよね。
□この動きは、前回取り上げたCAMPUSとCLYDEの動きと非常に似ていますね。自分はPOWELL世代なので、少し前になる気がしますが、少し後だとMARK GONZALEZあたりの影響が大きかったでしょうね。コラボ・モデルも出てたようだし。
□近年のadidasのSUPERSTARは、BAPEやPharell Williamsあたりとコラボしてましたよね。こんな動きからは、やっぱり「ストリート界隈との親和性」が高いモデルなんだと感じますが、その一方で、PRADAとのコラボなんかでは、かなりラグジュアリーな雰囲気になってたりで、展開の全体感はなんだかんだ幅広です。
●あのもっさりと重たい「シェルトゥ」が何故こんなにもドープに映るのか、adidasのシューズであれば必ず入っているはずの「スリーストライプ」が何故このモデルだけこんなにインパクトを放つのか、紐を外すことで「シュータン」を立たせて着用することが何故こんなにもフレッシュ!なのか…
□それは、「SUPERSTARだから」なんじゃないっすか?
●なんだ、それ?
□ハイハイ、焼けましたよ~、「サガリ」と「リブかぶり」、150gずつ!
●ということで、今回がこの企画の最終回になります!皆様、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!それでは、失礼して…いっただきま~す!
<画像を押下すると、そのアイテムに関する投稿ページが閲覧出来ます>
「ヒップホップとスニーカー」に関するブログ企画、いかがだったでしょうか? ヒップホップとスニーカーが関わるストーリーは、ここで一区切り。
また、本企画は「UniverClothes」と「UniverTunes」の「部屋またがり」企画にもなっています。これを機会に、ファッションと音楽それぞれの「沼」へと続く扉を開けてみていただければと思っています!
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