Above The Rest!
- adidas SAMBA -
2026年3月8日
スニーカーの銘品・傑作にフォーカスし、歴史や文化的背景も織り交ぜながら、その魅力に迫るブログ企画。
この企画の目玉のひとつは、取り上げたスニーカーを画像で確認出来ること。これを実現するにあたっては下北沢のヴィンテージ・スニーカー・ショップ:somaさんにご協力をいただいています。世界に誇るsomaアーカイブを通じて、偉大なるスニーカーたちのストーリーをよりリアルに体感して下さい!
ということで、第12弾となる今回は、adidasのSAMBAを取り上げたいと思います!
その歴史は、1950年にまで遡ります。
前年1949年にadidasを創業していたAdolf Dasslerは、フットサル・シューズとしてこのモデルを開発しました。
その後、「冬に凍ってしまったピッチでもプレイ出来る」ことを念頭に、サッカー・シューズとしてアップデイトが重ねられたとのことです。
1950年は、サッカーのワールドカップがブラジルで開催される年でもあったため、Adolfはこの場で大々的にプロモーションすることも念頭に置かれていたようです。
そんな中、このモデルはSAMBAと命名されました。
「adidas自体の世界デビュー」が、ヘルシンキ・オリンピックが開催された1952年に、西ドイツの代表メンバーがスリー・ストライプで登場した際のことになるので、その前に発売されていたSAMBAは「adidasでも最古の部類」に属するモデルとなります。
言い換えれば、SAMBAが出てきた当初、サッカー・ファン以外はadidasを知らなかった、ということになるかと。
そして、1954年のワールドカップ・スイス大会では、ついに西ドイツ代表が初優勝を果たします。
雨の中での決勝戦だったようですが、これを制することが出来たのは、ぬかるんだピッチの足元を支えたSAMBAのおかげ、ともされているようです。
また、この「ワールドカップ優勝」は、敗戦後の復興期にあった西ドイツ国民を強く後押しした、とされていることからは、歴史の転換点にこのSAMBAが大きな役割を果たした、とも言えるように思います。
SAMBAの特徴は、まずソールにあります。
ラバー製の靴底には吸盤が装備され、プレイ中の滑りを防止。履いていても、足跡が付かないのが特徴でもあり、これは「ノンマーキング・デザイン」とも呼ばれています。
また、アッパーにはレザーが使われ、つま先にT字型の補強が図られていることも大きな特徴です。
しかしながら、なんといっても「黒地に白のスリーストライプ」、この意匠こそが、SAMBAの存在感を現在まで輝かせてきたことに、皆さん、異論はないでしょう。
(※このあたりは、本ブログの第6弾もご確認ください)
ということで、今回取り上げるSAMBAには、「カラバリ」紹介という展開はございません。
それどころか、基本的に「黒地に白いライン」が織り成す「モノトーン」の世界がこれでもかと連なります!
でも、そこから発せられる、独特な存在感、迫力を感じ取ってもらえればと思っています。
サッカー用だったSAMBAですが、なんとミッドカット・モデルとして生まれたことが記録に残っています。
1954年のワールドカップにおいて初優勝を果たした西ドイツ代表の足元は、このミッドカット・モデルが支えたことになります。
そして、SAMBAがロー・カットになったのは1960年代のことでした。
アッパー部分での仕様変更があまり無かったSAMBAの年代判別は、主にソールで行うことになります。
ローカットとなった頃のソールはブルーだったようですが、1970年代に入り、ソールの形状が天然ゴム素材のガムソールとなりました。
この時点で、ソールは3重丸のサークルがひとつ装備される形でした。
1974年、再びソールが3つのサークルが復活すると共に、3重丸に追加される形に変わります。
こちらが、その西ドイツ製。
しかしながら、somaさんのアーカイヴからは、上記流れとは異なる仕様のモデルが存在することも確認出来ます。
こちらは、西ドイツ製の初期タイプと言われるものですが、ソールは3つのサークルのみとなっています。
一方で、こちらはフランス製のかなり古いモデルになるようですが、ソールにサークルはありません。
ということで筆者的には、この「SAMBAのソールによる年代判別」にはまだまだ研究の余地あり、との思いに至ってます。
また、SAMBAを生産する国は多岐にわたりました。これは他のモデルには無いものであり、3700万人の足元を飾ってきたと言われるSAMBAの世界的な人気を物語っていると言えそうです。
ここからは、1980年代中期以前のモデルが並びます。
こちらが、ユーゴスラヴィア製。
こちらは、モロッコ製。
こちらは、スロベニア製。
こちら、台湾製です。
その後10年以上は大きな仕様変更は無かったようですが、1980年代後半になって「タン」が長くなりました。
まずは、西ドイツ製から。
こちらは、「SAMBA」の表記がアッパーのライン上に記されている珍しいモデルでもあります。
こちらは、ポーランド製。
こちらは、チェコスロバキア製。
そしてこちらは、リトアニア製。
アルバニア製なんてものも。
US製もあったようですね。
1970年代に入ってからは、このSAMBAが、イギリスはマンチェスターやリヴァプールを中心とするサッカー・フリーク:カジュアルズに人気となり、ひいきのクラブ・チームの試合観戦の際には、その足元はGAZELLやこのSAMBAが飾ることが多くなったようです。
また、音楽とスニーカーという切り口で言うならば、レゲエ・ミュージック界のレジェンド:Bob Marleyがそのふたつを結び付けた存在となりました。
音楽との結びつきという意味では、パンクスやスキンヘッズたち、また、スポーツのフィールドでは、サッカー以外にもピストバイクのシーンでも大きな支持を得た件は、このSAMBAならではの流れだったと言えそうです。
一方で、このSAMBAについては、GUCCIのようなハイ・ブランドとのコラボやトップモデルの着用が、ファッション・アイテムとしての人気に火を点けたことも記憶に新しいのではないでしょうか。
その存在感のベースには、adidasというシューズ・メイカーの黎明期を支えたという、極めて重要な歴史的役割が横たわっているSAMBA。
そして、イギリスを中心とするヨーロッパにおいて、サッカーやロック、レゲエといったカルチャーを牽引していたという意味では、アメリカを軸にヒップホップあたりと絡めて語られることの多いスニーカー界隈において、非常に特徴的なポジションだったと言えそうです。
そんなことをふまえると、そのシンプルな意匠は、必ずしもヨーロッパに限らず、日本を含むワールドワイドな人気を息の長いものにしている一方で、着用にあたっての「文脈」が問われるモデルのようにも感じられてきます。
貴方はこのSAMBAを、どう履きますか?
<画像を押下すると、それぞれの商品に関する投稿ページが閲覧出来ます>
「スニーカーのマスターピース」にフォーカスするブログ企画の第12弾は、SAMBAを取り上げてみましたが、いかがでしたでしょうか?
記事の下にあります「コメント欄」に感想をいただけると、担当「中の人」の励みになりますので、是非よろしくお願いします!
また、「このスニーカーを取り上げて欲しい」というリクエストもお待ちしております。筆者の力が及ぶ限りではありますが、お応えしたいと思っています!
ということで、次回もお楽しみに!
関連するブログへは、以下からアクセス出来ます。
UniverGoods





















コメントする際にはこちらを押下