世界の音楽クリエイター列伝
- Allen Toussaint㊤ -
2026年2月11日
奇才、異才、多才…古今東西、プロデューサーやミュージシャンを問わず、音楽の世界で光を放った才能に迫るブログ企画。
この企画では、取り上げられた人物のバイオグラフィーを辿りながら、関わった作品を可能な限りご紹介。掲載されたジャケ写等をClick!していただくことで、リンクされた「アイテム投稿」のページでその作品のさらに詳細な情報を確認しながら、ネット動画の力を借りて実際に視聴も出来ます!
それでは、このブログ企画の第2弾として、Allen Toussaintにフォーカスしてみたいと思います!
Allen Toussaintは、1938年にアメリカはルイジアナ州ニュー・オリンズで生まれました。
7歳の頃にはピアノを弾き始めていた、ということです。
14歳になってからはバンドを結成。数年後にはFats Domino等とのセッションにピアニストとして参加し、その名を地元ニュー・オリンズに轟かせていたとか。
そして1958年には、アルバム「The Wild Sound of New Orleans」でソロ・デビューを果たします。
齢にして20歳。
これは特に遅くも早くも無いデビューな気がしますが、この後のToussaintは何故か「寡作な期間」に入ってしまい、続くべき彼の作品に触れることは、1970年代までお預けとなってしまいます。
一方で、1960年代に入ってからのToussaintは、ディレクター/プロデューサーとしてMinitレーベルに加わります。
彼による快進撃は、この時期の裏方仕事から始まったと言えるのではないでしょうか。
ここでの彼の仕事は、自身と同じニュー・オリンズ出身のアーティストたちへの作品提供が主だっていたようですが、それらは「シングルのみ」の展開も多く、その全体像を把握することはなかなかハードルが高い気が…。
そんな時には、こういったコンピレーションがよいガイド役になってくれるように思います。
1960年から1975年という、比較的広めのスパンを取って、まさにタイトル通りのニュー・オリンズ印がくっきりと刻印されたファンク・チューンがこれでもかと並んでいます。
収録曲には、このブログでこれから紹介するToussaint関連のアルバムにも収められた有名曲を中心に、アルバムという形までには至らなかったシングル展開のみの重要曲にも触れることが出来ます。
そんなAllen Toussaintらにより形成されたニュー・オリンズ・サークルの中心には、Lee Dorseyがいました。
1966年、Toussaintは、Lee Dorseyの2nd作「Ride Your Pony – Get Out Of My Life Woman」をプロデュースします。
レコードのクレジット上は見当たりませんが、諸情報をふまえるとバックはMetersのようです。
ただ、この時代なので、ファンキーの分量は軽め、スピード速めのアーリー・ソウルが並びます。タイトル曲が全体を引っ張っていますが、この中にあって異色なヘヴィー・チューン“Get Out Of My Life, Woman”は、後にToussaint自身、Solomon Burkeらがカヴァーしているだけでなく、ヒップホップ・ネタとしても多く引用されていますね。
1970年には、Lee Dorseyの「Yes We Can」をプロデュース。
タイトル曲はPointer Sistersがカヴァーした楽曲として、そして“Sneakin’ Sally Thru The Alley”はRobert Palmerが取り上げたことで、その名を轟かせました。
また、Lee Dorseyは1980年に5作目となる「Night People」をリリースしており、このアルバムもToussaintがプロデュースしています。
1980年代という時節柄、AOR的なアプローチも見られはするものの、後述するMilk Chocolateが支えたと思しきタイトル曲はヒップ極まりないファンク・チューン。
その他の曲も、Irma Thomasらがディープなバック・ヴォーカルを披露するだけでなく、Toussaintはピアノでも参加、楽し過ぎるメロディーをコロコロと奏でていて、総じて純度の高いR&Bを聴かせてくれています。
ただ、大変残念なことに、Lee Dorseyが1986年に亡くなってしまったことで、本作は遺作になってしまいました。
1970年代に入ると、Toussaintは地元ニュー・オリンズのアーティストの作品を手掛け、いわゆる「セカンドライン・ファンク」なるサウンドを確立させていきます。
その行程は、Toussaintとはニュー・オリンズにおける運命共同体とでもいうべき関係となっていくMetersとの共同作業の中で具現化されたと言っていいでしょう。
1974年には、グループ5作目となるアルバム「Rejuvenation」を発表。
ここでのToussaintは、Metersと共同プロデュースを張り、本ブログの3回目でもしっかり触れる予定のLowell Georgeが参加、“Hey Pocky A-Way”といったヒット曲を始め、実に楽しい、そしてしっかりとタメを利かせたファンクを聴かせてくれています。
一方で、Toussaintのもうひとつのお抱えバンドとして、その存在感を高めていくことになるのがChocolate Milk。
このグループはメンフィス出身のようですが、ニュー・オリンズに拠点を移したところ、Toussaintに見出されたとか。
1975年、Toussaintはグループのデビュー作「Action Speaks Louder Than Words」をプロデュースします。
本作に関する筆者の印象は「Toussaint関連作の中にあって異色」。
終始示されるのは、洗練と泥臭さのキワキワを攻めまくるような「ファンク道」であり、その容赦ないスタンスは、本当にToussaintがここにいたのか?と疑問を持ってしまうほどです。
その結果、ロンドンで火が点いた80年代以降のレア・グルーヴ・ムーヴメントの中で高い評価を得ることとなりました。
本作後も4作品でToussaintがプロデュースを手掛けることとなり、Metersと共に、Toussaintお抱えのバンドとして位置づけられていきます。
また、1971年には、Ernie K Doeのセルフ・タイトルとなった2ndアルバムをプロデュースしています。
このErnieは、本作のリリースから遡ること10年前に、Mintレーベルから「Mother-In-Law」でデビューしていたシンガー。
そこでもToussaintが数曲を制作していましたが、本作ではMetersも引き連れ、60年代サザン・ソウル的な風合いも漂わせつつ、一部の楽曲ではいわゆる「セカンド・ライン」な風味を醸す展開を見せてくれています。
1973年には、Toussaintが、Dr. Johnの「In The Right Place」をプロデュース。
Toussaintは本作の制作にあたり、お抱えのMetersを招聘したのみならず、Ralph MacDonaldといった名うてにも協力を乞いつつ、アップにおいては、セカンドライン・ファンクが躍動し、ミッドでも南部の風が心地よく吹くといった具合の、当時のニュー・オリンズの空気をたっぷりと吸った作品として仕上げました。
一方で、1970年代のToussaintは、1960年代の活動からは一転して、自身の作品をコンスタントに発表していった時期でもありました。
1970年には2ndアルバムとなる「Toussaint」を、1972年には続く3rd作「Life, Love And Faith」をリリース。
そしてついに1975年、Toussaintにとっての代表作となる「Southern Night」を発表します。
アルバムの仕上がりとしては、楽曲のバリエーションも豊かに、その才能を全方位で迸らせている印象です。
全編でニュー・オリンズの匂いはしっかりと保たれていながら、ファンク以外のアプローチも随所で施されており、中でもタイトル曲の異彩感は、他を圧しています。
この曲が生まれた過程には、Van Dyke Parksが登場します。「彼の「助言」のおかげでこの曲が生まれた」とのToussaint本人の言葉も残っているようです。
トロピカルでありオリエンタル、サイケデリックでアブストラクト、そして日本の童謡のようでもあり、やはり何度聴いても「はっぴいえんど」感、「細野晴臣」テイストを受け取ってしまうのは筆者だけではないでしょう。
ということで、とにかく凄い曲だと改めて。
また、1978年には「Motion」をリリース。
本作でのToussaintは、プロデュースこそJerry Wexlerに委ねていますが、タイトル曲を始め、アルバム全編で伸びやかな歌声を聴かせてくれます。
そして何と言ってもバックが豪華!
ヴォーカルには、Bonnie RaittやEtta Jamesが、演奏陣には、Chuck Rainey、Larry Carlton、Paulinho Da Costa、Richard Teeが、そしてアレンジャーとしてNick De Caroなんて名が並んでいて、驚かされます。
このような人選に至った背景については、本ブログの2回目・3回目にも目を通していただくことで、よりクリアになるかと思いますが、一言で言えば、本作はToussaintにとって集大成だったのではないかということ。
確かに「Toussaintらしいファンキネスが薄まった」との指摘は外れていない気がしますが、その代わりに展開される「Toussaint流AOR」といった新たな試みは、“Southern Nights”で放たれた矢が、ロック・フィールドを含む豊かな音楽的交流という綺麗な弧を描いて、“Night People”という的を射抜くことになった、とでも形容したくなるような、ある種の物語を感じさせるものです。
この“Night People”は、Lee DorseyやRobert Palmerが取り上げていますね。
今回登場したアーティンストたちは全て、ニュー・オリンズが出身地もしくは活動拠点。
そんな地元のミュージシャンに囲まれながら磨き上げられたAllen Toussaintの武器は、「セカンドライン・ファンク」ということで異論はないでしょう。
一方で、彼の存在感は“Southern Nights”という特異な楽曲に表されるような、だくだくとした「ガンボ」性といった要素で構成されていることも忘れることは出来ないワケです。
そんな、煮込みに煮込まれた「ローカリゼーション」を携え、Toussaintはこの後「世界」へと羽ばたいて行きますが、その過程の中では、少々予想しにくい展開も見せることになります…。
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ここまで、Allen Toussaintのソロ作品と地元ニュー・オリンズ・コネクションの中での活動にフォーカスしてみましたが、いかがでしたでしょうか?
次回は、引き続きAllen Toussaintの魅力にフォーカスし、彼によるブラック・ミュージックにおける動きを追ってみますので、お楽しみに!
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UniverGoods










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